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高橋公さん

<体験談 高橋公さん講演録(1)>
「学生運動から自治労運動へ、若者たちに語っておきたいこと」

1.はじめに.

こんにちは。今日は、こういう場を与えていただいてありがとうございます。実は先ほどの歌を聴いていて、なんか涙がこぼれてきそうになりました。昔みんなでよく歌った歌でした。やっぱり学生運動でも、あるいは労働運動でも運動には歌は不可欠なんですね。その歌も何と言うか、自分のために歌うことも多いんだよね。自分の心を慰める、やっぱり運動はいいときばっかりじゃないから、そういう時には歌を歌って自分の心を鼓舞して、そしてまた頑張るというようなことで、学生運動にも労働運動にも歌は不可欠ということになるのではないでしょうか。
あの最後に歌われた「神田川」という歌、この歌のシチュエーションは全く私そのものなんです。で、この作詞をした喜多條という作詞家、これも私ども、早稲田の全共闘のメンバーでありました。彼がデモの後ろの方についていたことを私は覚えています。実はこの歌73年ぐらいにはやったのですか、この歌が流行ったときになんか非常に切ない思いになりました。そのころ一緒にいた、付き合っていた女性と別れたからかも知れませんけど、いろんなことを思い出して大変でした。その後76〜77年頃でしたかね、NHKで「あの時、この歌はこうして作られた」というような番組があったでしょう。あれを偶然見たんですね。「神田川」がどうして作られたのかの話しになって喜多條君が神田川にかかる橋の上に立って往時を、思い出話を語っていくんですよ。そのときにふっと思い当たる節があって、その歌で歌われているクレヨンで書かれている女性、これがですね、私がよく知っていたひとだったんです。というのも、私どもは1969年に半年ほど大学を占拠しましてね、僕はそこにずっと寝泊りしていたわけですよ。その私の部屋が学生会館の一番上、13階にあったわけです。6、7月ころになると東京は4時くらいに夜が明けるんですが、そのぐらいになるといつもですね女性が訪ねて来るんですよ。彼女は飲み屋でアルバイトしていたんです。缶ビールを持ってね、飲み屋の残り物を持ってくるんですよ。そして、昨日のアジテーションは出来が良かった、悪かった、方針が間違ってるとか何んとか、かんとか言って私に説教しに来るんです。そのうち秋になってバリケードを撤去されましてね、それっきりその女性と会うことなかったんですけど、その人の歌だったんだ。その後ね、72〜3年のときにでしょうか、ドキュメンタリー作家が私にインタビューに来てね、その人のことを根掘り葉掘り聞くんですよ。で、どうしたのかと聞くと彼女は自殺したんですね。まあいろいろあったんでしょう。
そんな感じでね。「神田川」はなかなかこう意味深な青春の思い出がいっぱい詰まった歌なんです。

 


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